楽器高価買取|京都のマルカ

お電話0120-02-8692
マルカ楽器
マルカログイン
楽器のことなら販売もマルカへ

Martin

京都マルカはMartinの超高価買取させて頂いております。
世界最高のアコースティックギターブランドとして名を馳せるマーティン...
現存するアコースティックギターの多くは、このブランドを無くしては語れないと言われるほどに、業界に影響を与えました。
数多くのブランドはマーティンギターのモデルをモチーフ、基として作られ、ボディサイズ等もマーティンを基準として考えられることが多くございます。
サウンドのバランスも非常に高く、すべてに精通するアコースティックギターであり、まさにギターの王様として君臨する世界最高峰のギターブランドなのです。

LINE@で査定

Martin

MARTIN買取について

マーティンのご売却・お買い換えを考えられている方もいらっしゃるかと思います。
マルカは、他に決して負けることのない超高価買取実績を積み上げてきました。
ぎりぎり限界いっぱいまでの査定額を還元することで、お客様に喜んで頂きたい…
お客様が大事に使われた愛着ある楽器だからこそ、しっかりとした高価買取をさせて頂きたい…
そう思って日夜買取をさせて頂いております。是非とも一度、お問い合わせ下さいませ。
その高額査定を実感して頂けることと思います。

勿論、出張買取宅配買取の制度も充実しております。
是非とも一度ご相談下さいませ。

◆Martinというブランド
およそ考えうる限り、アコースティックギターにおいて右に出るブランドは存在しない…
それ程までの信頼と実績、歴史を積み重ねてきたブランドがこのマーティンです。
現在まで続くアコースティックギターの基本型、ノウハウ等は、先にも申し上げた通り、様々なメーカーの基準とされています。
最も普遍的なギター、それがマーティンです。
D-28、D-45を筆頭としたドレッドノート、OOO-28等を筆頭としたOOOシェイプは、特に人気があり、革新的なモデルであったと言えるでしょう。
そんなマーティンギターに脚光が浴びるのは、実は比較的近年の話であり、当初は非常に厳しい経営を強いられていました。
マーティンが王者に上り詰めた歴史を、次項で紐解いていきたいと思います。

◆Martinの歴史
古くは1833年から歴史を持つマーティンですが、現在ある『スチール弦』を張るスタイルの、いわゆるアコースティックギターは、1920年頃に開発されました。
現存するほとんどのギターに採用されているXブレーシングによるトップ材の補強も、マーティンが開発したと言われています。
そして音量、タッチ感を変えるための様々なボディサイズ(ドレッドノート、O、OO、OOO等)を使ったモデルを次々と発表しました。
特に人気が出たのは第二次世界大戦後であり、当時の戦災で多数のギターが無くなったと言われています。
その中でも戦前に制作されていたD-45、OM-45等は現在ではヴィンテージギターの筆頭とされており、制作本数の圧倒的な少なさも相まって、非常に希少価値の高いものとして認知されています。
1970年には人気が沸騰し、年間22,637本ものギターを制作しました。
しかしその後、エレキギターブームが来たことによって一時的に大きく制作本数は減少し、企業縮小を強いられることとなりました。

その後1989年にはアコースティックブームが再燃し、OOO-28EC エリッククラプトンのシグネイチャーモデル、過去のヴィンテージ復刻モデル等の発表により、完全に人気を再燃することに成功しました。
その後はご存じのとおり、世界有数のトップブランドとして音楽のシーンに大きく貢献し続けています。

是非、ご自宅やご実家にこういったマーティンギターが眠っていたら一度マルカ四条店にご相談ください。
もちろん完品、美品ではなく、壊れているもの、音の出ないものでもお気軽にご相談いただければ、経験豊富な楽器の専門家がご相談に乗らせて頂きます。
お写真だけで簡単にできるLINEで査定や遠方、大量の方には出張買取もありますのでお気軽にお電話ください。

アコースティック・ギターの最高峰、マーティン

マーティン(Martin)の存在がなければ、アコースティック・ギターの存在はないと言われています。
アコースティックギターの頂点に立つブランドがマーティンです。世界で最初にアコースティック・ギターの原型を完成させたのがマーティンでした。特にドレッドノート・モデルのD-18やD-28は、第二次世界大戦後のアメリカで大ヒットしマーティンの名を不動のものにしました。
1950年代に入ると日本にも輸入が開始され、フォークミュージックの流行に乗って日本の音楽愛好家にも知られるようになったマーティン。アコースティックギターの原型をつくったマーティンは、そのデザインや製法が他社に対して多大な影響を与え、アコースティック・ギターの頂点に立ったのです。しかしマーティンが現在のように知られるようになったのは、ごく最近のことです。マーティンが今の地位を築くために長い時間を要したことは、あまり知られていないのです。

マーティンの始まり

現在ではコカ・コーラやリーバイスと同様、アメリカを象徴するブランドと知られるマーティンの始まりは、意外にもドイツにおいてでした。
マーティンの名は創業者のフレデリック・マーティンに由来します。彼は1796年にドイツの家具職人の子供として誕生したのでした。若きマーティンはウィーンのクラシック・ギター職人のもとに弟子入りします。しかしすぐに職人仲間との関係がこじれ、彼はギター製作のためにアメリカへの移住します。1833年のことでした。
ギターヘッドに刻まれている金文字のロゴ「C.F.Martin&CO. EST 1833」は、彼がアメリカに移住した年を示しているのです。それから6年後の1839年、現在も本社・工場のあるペンシルバニア州ナザレスに移り住んだ彼は本格的な楽器製造を開始し、そこからマーティンの歴史が始まるのです。

ドレッドノート・サイズ・モデルの流行

アメリカ企業として新たに創業したマーティンは、アメリカ人に受け入れられるようなギター製作に取り組みます。1850年代には、ボディートップのXブレイシングを開発しました。このXブレイシングとは、ボディートップ裏の力木をクロスに配置することで強度を高めるとともに豊かな響きを実現させたマーティン独自の技術で、以降のアコースティックギターにおいて標準となった手法です。初代マーティンが没した後も、その息子たちが先代の意志を引き継ぎ、技術の改良に努め続けました。
20世紀初頭、アメリカで流行していたカントリー音楽のバンジョー奏者がギターを弾けるように、弦をバンジョーと同じスチール弦に置き換えます。また、音量を大きくするためにボディーサイズの改良に努め、OO(ダブルオー)、OOO(トリプルオー)といったモデルを開発し、最終的にはドレッドノート・モデルの完成に至ります。
ドレッドノートとは、日本語では「弩級」と訳されることもある1906年に就役したイギリスの大型戦艦の名前です。ドレッドノート・モデルはこれまでのどのギターよりも大きなボディを持つもので、そのサイズの大きさと音量の豊かさから、当時世界最大の軍艦だったイギリス戦艦の名前を愛称として採用したのでした。

このドレッドノート・モデルは第二次世界大戦後に大ヒットし、アコースティックギターのスタンダード・モデルとなりました。ドレッドノートの代表的なものに、D-18、D-28そしてD-45があります。

・D-18
D-18は”サイモン&ガーファンクル”のギタリスト、ポール・サイモンが使用したギターで、フォークミュージックを聴いたことある人なら誰しもその音色を耳にしているギターです。ドレッドノートモデルの中ではその音色は繊細で、透明感の高い音を出せるのが特徴です。このD-18は、「精霊流し」や「関白宣言」で知られるさだまさしのバックバンドで長年ギターを努めている石川鷹彦によって使用されていたことでも知られています。
このようにD-18は名実共にフォークミュージックを支えたギターと言えます。

・D-28
D-28はアコースティックギターの標準モデルで、世界中のギタリストが選んだ名器です。
1931年に発売されたD-28は、1934年にフレットジョイントの変更が行われています。

ボディとネックの接続部であるフレットジョイントは、奏法そのものに大きな影響を与えるものですが、これまでのアコースティックギターはクラシックギターと同様12フレットジョイントが採用されていたのです。これがD-28改良型では、14フレットジョイントへ変更となったのです。
このD-28の登場でアコースティックギターは従来のクラシックギターとは全く別の、独立した楽器として成立することになりました。
そして、その変更が次世代の音楽を生み出す契機となったのです。
D-28を選択したミュージシャンにはエルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン、ポール・マッカートニーなどがおり、まさしくD-28がロックの創世記を形成したといっても過言ではありません。
これら伝説的なロック・ミュージシャンに愛されたD-28は、ロック愛好家にとってファン垂涎の一品となっています。

・D-45
D-45はマーティンのラインナップ中、最高級と評される名器です。
マーティン・ギター品番は、前半のアルファベットがサイズを、後半の数字がデザインや使用素材を示しています。つまり、後半の数字が大きくなればなるほど、最高の素材と技巧を施された上位モデルとなり、D-45はそれを象徴するかのようにコンサート・ボディにアバロン(あわび貝)の装飾が施されています。
D-45はそのような最上位モデルであったことに加え、第二次世界大戦の影響で製造中止され、製造本数が少なかったことから現在入手が困難で、ヴィンテージーギターの象徴とみなされています。

一時的な停滞と復活

そのようなドレッドノート・モデルの成功でマーティンの業績は拡大し、アコースティックギターメーカーとして順風満帆な経営を続けていました。世界恐慌の影響で景気が低迷していた1933年には年間2494本の生産量しか無かったものが1970年には22637本となっていました。実に40年の間に生産量が約10倍の成長を遂げたのです。
特に1960年代前半の好調ぶりは特筆すべきものがあり、注文待ちの状態が3年以上続いていたのです。しかし、このようなマーティンにも苦境が訪れます。 エレキ・ギターブームの到来です。

○エレキブームの影響
1960年代の”ベンチャーズ”らの活躍を契機として、音楽シーンで急速にエレキギターが浸透します。それに伴いギターの需要がアコースティックからエレキギターに移ってしまったのです。
実際、マーティンの生産量は1981年には6174本に留まり、10年前の半分以下の水準まで低迷してしまいます。その低迷ぶりを象徴するように、マーティン社最大のライバル、ギブソン社はアコースティックギターの生産を1984年に一時停止してしまいます。 しかし、それでもマーティンがアコースティックギターを投げ出すことはありませんでした。
そして、そんなアコースティックギターにこだわり続けてきたマーティンが再発見される契機が訪れるのです。
“アンプラグド・ブーム”の到来です。

○アンプラグドブームの到来
アンプラグド(unplugged)とは、プラグを外す、つまり電気楽器を使わない生演奏を意味し、1989年に開始されたアメリカの音楽番組”Unplugged”をキッカケに認知されました。アンプラグドブームを決定づけたのは、ロックの巨匠エリック・クラプトンが発表したCDアルバム「アンプラグド」です。「アンプラグド」はクラプトンが同番組に出演した際の生演奏を収録したものですが、世界的なベストセーラーになるとともにグラミー賞6部門を独占し、それまで電子的な音に支配されていた音楽シーンに、「生音」ブームを巻き起こす契機となりました。 この「生音」ブームでマーティンのギターは再評価されるようになったのです。
その需要の声に答えるため、マーティンが改めて打ち出したのがリバイバル・シリーズです。戦前モデルを復活させる形でHD-28VSを発売。エリック・クラプトンが使用したOOO(トリプルオー)-28を元にシグニチャーモデルのOOO-28ECを発売するなどして、優れた「生音」を生み出すアコースティックギターを世に送り出し続けています。

・HD-28VS
HD-28VSはマーティン初期の傑作、D-28を復刻させたヴィンテージシリーズです。あくまで古き良きものを守ろうとするマーティンの価値観が反映されたモデルで、アコースティックギターそのものの原点であるといえる名器です。

・OOO-28EC
OOO(トリプルオー)-28ECはエリック・クラプトンがコンサートで使用していたOOO-28のクラプトン使用モデル、シグニチャーモデルとして発売されたものです。
OOO-28ECは小さめのボディと短いスケールを持ち、従来から細かな指弾きに向いていましたが現在ではエレキ・ギターに慣れたプレイヤーにも愛されるモデルとなっています。OOO-28ECを使用しているプレイヤーには”THE ALFEE”の坂崎幸之や、尾崎豊や森山良子のコンサート・ギタリストを勤めた岡崎倫典などがおり、本格派ミュージシャンから強く支持されるモデルとなっています。

これからのマーティン

このようなアンプラグド・ブームによりマーティンは復活しました。
生産工程の自動化を進め、初心者にも入手しやすい廉価モデルのロードシリーズや1シリーズを打ち出し、さらなるアコースティックギターの普及に努めています。
このようにマーティンが、過去と変わらない「生音」に拘る路線を踏襲できるのは、マーティンがアメリカ企業には珍しい同族経営を維持しているからに他ありません。
現在のマーティン社を率いるのはクリス・マーティンで、初代マーティンから数えて彼は7代目になります。これからいかに技術が進化し音楽シーンが変化しようとも、マーティンがこれまで築いてきた「生音」を守る姿勢が崩れることはありません。
四条烏丸、大丸から東へ徒歩2,3分。京都で音楽といえば「KYOTO MUSE」(京都ミューズホール)といわれる有名ライブハウスへたどり着く手前にマルカ四条店があります。その2階にMARUKA初の楽器専門フロア「MARUKA楽器」があり、楽器に精通した査定士があなたのお越しをお待ちしております。事前にLINEで査定で簡単なお見積もりをしてある程度のお値段を知ることも出来ます。また遠方のお客様、大型楽器で持ち運びが出来ないお客様、数が多くて持って行けないお客様には出張買取や、宅配買取もご利用いただけます。

また東京銀座本店でも京都と同様の買取が出来ますので遠慮なく東京銀座本店にも楽器をお持ち下さい。

電話番号

line@査定

ジャンク品でも査定できます

電話番号

line@査定

店舗情報

店舗情報

LINE@で査定

Tポイント

LINE@で査定