骨董品買取 東海エリア(岐阜・名古屋)

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岐阜・名古屋など東海エリアで骨董品を高価買取いたします!

当店マルカの骨董品買取の東海エリアページにようこそ!私共の鑑定士はとても実績が豊富でございますので正確な価値を見出す事が可能です。骨董品の買取店は岐阜・愛知・名古屋の東海エリアにも多々御座いますが、本物ではなく模造品を誤って買い取るリスクを避けるために、他店では買取価格を敢えて低くしているところが多いようです。マルカではそういった模造品かどうかを見極める専門の知識と経験をもった鑑定士が在籍しておりますので、
お客様にご納得して頂けるように高く評価をさせて頂きます。
岐阜や名古屋などの東海エリアは、無料で出張買取も可能でございます。
こちらのサイトに訪れていただいたのも何かの縁です。
是非、骨董品の高価買取が期待できる当社マルカにお任せください!岐阜・名古屋で骨董品買取といえばマルカ(MARUKA)、愛知や岐阜での骨董品買取はマルカ(MARUKA)にお任せ下さい。岐阜県の飛騨地方と美濃地方からなる古くから戦国武将が多く住んだ土地、岐阜は日本のちょうど真ん中に当たる為自然とそうなったともいわれています。戦国時代から岐阜県となった現代でもロマンを伝える骨董品買取がこの岐阜県、愛知県や名古屋、三重などの東海地方には多数あります。

対応強化エリアについて

岐阜県地域における骨董品買取対応強化エリア
安八郡/揖斐郡/恵那市/大垣市/大野郡/海津市/各務原市/可児郡/加茂郡/岐阜市/郡上市/下呂市/関市/高山市/多治見市/土岐市/中津川市/羽島郡/羽島市/飛騨市/不破郡/瑞浪市/美濃加茂市/美濃市/本巣郡/本巣市/山県市/養老郡
愛知県(名古屋)地域における骨董品買取対応強化エリア
愛西市/愛知郡/海部郡/ あま市/安城市/一宮市/稲沢市/犬山市/岩倉市/大府市/岡崎市/尾張旭市/春日井市/蒲郡市刈谷市/北設楽郡/北名古屋市/清須市/江南市/小牧市/新城市/瀬戸市/高浜市/田原市/知多郡/知多郡/知多市/津島市/東海市/常滑市/豊明市/豊川市/豊田市/豊橋市/名古屋市/ 西尾市/西春日井郡/日進市/丹羽郡/額田郡/半田市/碧南市/みよし市/弥富市

岐阜・名古屋など東海地方に無料出張見積いたします! 0120-89-7835

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関西エリア以外でも無料出張見積に対応しております。一覧はこちらから

買取実績

骨董品の買取実績としましては、以下のようなものを買取りさせていただいております。
美術品・象牙・絵画・日本画・洋画・茶道具・珊瑚・掛軸・翡翠・中国骨董・銀製骨董・金製骨董、等。
その他骨董品以外にも色々と買取させていただいておりますので、岐阜県・愛知県【名古屋】にお住まいの方で、「こんなものも買い取れるの?」といったお問い合わせなどお気軽にご連絡くださいませ。骨董品買取は名古屋を中心とした愛知県内、そして岐阜県でも骨董品買取強化中。また現在MARUKAでは岐阜県や名古屋方面への出張買取、出張査定も強化中です。出張にて査定後、買取価格にご納得いけず見積もりになってしまっても出張費やキャンセル料など一切無料ですので是非ご遠慮なくお申込みください。岐阜、愛知、三重特に名古屋などへの出張買取、出張査定なら昭和28年創業の老舗質屋が母体のMARUKAまで。

お客様の声

  • 岐阜県岐阜市:加藤様男性(60代)

    祖父の代から自宅にある骨董品や掛け軸を査定していただきました。ある程度は高値で売却できると思ってはいましたが、予想をはるかに超えてかなり高額で買取していただき本当にびっくりです。正直岐阜市といってもはずれ、岐阜市内のど真ん中まで出るのも大変でしたがまさか京都から来てくれたマルカさんがこんなに高価買取りしてくれるとは思いませんでした。電話させていただいたときの「遠慮なく他社とお比べください」という自信は本物でした。
  • 名古屋市:長谷川様女性(40代)

    電話してすぐに無料査定にお越しいただきました。正直何社か見積もり査定をしてもらいましたが、マルカさんは他社さんより高くで買取してもらえました。最初名古屋市内の業者に絞ってましたが納得がいかず京都と聞いて最初は躊躇しましたが思い切って電話してみたらすぐに段取りをしてもらい助かりました。
    骨董品類はまだまだあり場所もとるので、またお世話になりたいと思います。
  • 愛知県名古屋市:山中様男性(30代)

    どこに売却をお願いしたら良いのかわからずに、インターネットでマルカさんを知りました。スタッフの方にはとても丁寧に接していただき買取金額も想像以上で夫ともども大変満足しております。名古屋にも骨董品買取をうたう業者は多数あったのですがマルカさんが価格、対応含め一番でした。来られた査定士さんが言われていた「買取価格にもセカンドオピニオン」という言葉が面白く印象に残っています。まだ名古屋市内に兄弟たちがいますので紹介したいと思います。
  • 静岡県:福田様男性(40代)

    両親から岐阜市内にある家を譲り受け、父親の趣味だけで自宅にずっと飾られていた絵画の買取をお願いしました。後日、父に買取金額を伝えると別の倉庫にある書画などの買取もお願いされました。私の小遣いになるので喜んで対応しています。これで時々家の状態を見に行く岐阜へのドライブも楽しい物になりました。
  • 愛知県名古屋市:秋山様女性(50代)

    亡き祖父から、子供の頃にもらった絵画の価値が知りたく無料査定で来ていただきました。正直、査定金額が言葉にならず、自分が持っているのが怖くなり売却させていただきました。改めて祖父の偉大さにも気づかされました。まだもらった骨董品がたくさん倉庫にありますので次もまた出張買取でお願いしたいと思ってます。またこの話を聞いて岐阜に住む娘夫婦からもブランド品や時計があるので来てほしい旨伝えると快く言っていただき「近所の店と段違いの高価買取だった」と喜んでました。
  • 岐阜県岐阜市:森本様女性(50代)

    以前から、骨董品類の査定を考えていたのですが、宅配で割れたりした時のことを考えるとなかなか踏み込めませんでした。そんな時、知人からマルカさんのことを教えてもらいすぐに電話をして査定にお越し下さいました。本当にありがとうございました。結果としては骨董品類4点、美術品2点、象牙に珊瑚と多数買取をしてもらいましたが、出張買取にもかかわらず丁寧に一品ずつ記載された伝票を発行してくれたので安心でした。

東海地方における骨董品

岐阜県、及び名古屋を中心とした愛知県などの東海地方は戦国時代有力大名や武将が群雄割拠したことで知られ、それに伴い日本全国及び海外からも珍しい特産品などが集まったこともあり、現代においても骨董品が眠る可能性が高く、市場としても熱いものがあります。マルカ(MARUKA)ではこの岐阜県、名古屋を中心とする東海地方での骨董買取を強化しており、特に名古屋での骨董買取と岐阜での骨董買取は京都の本店から骨董鑑定専門家を派遣して出張買取にて骨董品買取りを強化しております。まずは御見積からお気軽にご連絡ください。最近は新名神の開通もあり京都から名古屋方面へも近くなりました、もちろん岐阜県にも数多く骨董品買取の出張をさせていただいているマルカ(MARUKA)では冬場でもスタッドレスタイヤ付の専用車で岐阜県山奥でも行かせていただきます。

まずは何をおいても東海地方出身の武将と言えば織田信長、尾張国(現在の愛知県)の古渡城主、織田信秀の嫡男として産まれた信長はご存知の通り幼少時代はうつけ者として周囲から奇異の目で見られていましたが、実質的に室町幕府を崩壊させ戦国時代にピリオドを打った武将として知られています。
また武功のみならず芸術分野や外国事情にも非常に興味を持ち、あらゆる珍しい物品を集めたことでも知られます。

特に茶の湯に非常に興味を持っていたということで知られ、堺の商人との交渉を円滑にすすめるために利用した、部下への恩賞の代わりに茶器類をばらまいたなどとも言われていますが、実際には家督を譲り、隠居する際に茶の湯の道具だけは引越先に携えていくなど、信長自身が茶の湯にのめり込んでいたことをうかがわせています。

「名物狩り」と言われ、本格的に茶道具を収集し始めたのは、永禄11年に上洛した際、松永久秀や今井宗及から茶器を献上されたのがきっかけになったと言われています。
この時献上されたものは、松永久秀から九十九髪(九十九茄子、付藻茄子)、今井宗及からは松島の壺や紹鴎茄子が贈られ、それ以後金品、米には糸目をつけず名物を集めたことは有名です。想像になりますが、このような信長に気に入られようと周囲の武士たちが同じように茶の湯に興味を持ち、信長クラスではないにしろ古今東西の茶器の名器を集めたとしても不思議ではありません。ですので今でも岐阜の旧家の蔵などに骨董品として最高の物が眠っている可能性があります。

先に述べたように、信長が褒美として名物を与えた例のいくつかは下記の通りです。まずは柴田勝家。天猫姥口釜が与えられています。姥口釜といわれるのは釜の口が歯の抜けた老婆の口のように見えるからで、これも名物として名を残す逸品です。
その他一覧で例をあげますと、柴田勝家には柴田井戸と呼ばれる茶碗、丹羽長秀には白雲という茶器が贈られています。
のちに裏切られることになる明智光秀には茶器、八重桜が下知され、羽柴秀吉こと後の豊臣秀吉には乙御前(茶の湯で重要な釜)が与えられ、織田信忠には初花(茶器)と松花(茶器)が、大友宗麟にも新田という茶器が与えられています。
今井宗及には、先に登場した今井から信長に献上された紹鴎茄子茶器が一度もらったが再び下賜されています。同様に津田宗及には珠光文琳が再び下賜されたとされています。

さらにこういった茶器、茶道具による褒美以外に最高の褒美とされたのが、信長配下の上から5人の武将に対しては茶会を開くことが許されたことです。元来、信長は家臣達に独自に茶会を開くことを禁じていたので、茶会を開く権利を与えられるということは最高の栄誉であり、織田家の重鎮の証として最高の名誉だったといわれています。
自分が主催者となり茶会を開き、客を招くことができるとは、すなわち自分の権威を表すのに最適の場所であり、それを開く許可を信長から与えられている、ということはその領内のみならず、天下に対して自分の地位を表明する場であったであろうと考えられます。

尾張の小豪族から天下統一を目指した織田信長、信長の家臣から立身して一代で天下人となった、同じく尾張出身の豊臣秀吉、そして太平の礎を築いた三河国出身の徳川家康。初代将軍徳川家康の将軍家に対し、家康の九男、十男、十一男はそれぞれ尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家の御三家を興しました。

ここで金鯱城とも呼ばれる名古屋城をめぐる歴史を振り返ってみましょう。名古屋城は、徳川家康が、九男である徳川義直の尾張藩の居城のために築いた城です。徳川義直を初代とする尾張徳川家は徳川御三家筆頭の名門大名となり、名古屋城は尾張徳川家の居城として明治まで利用されました。名古屋城・本丸御殿内部の各部屋には、狩野貞信や狩野探幽ら、日本絵画史上最大の画派ともいえる狩野派の絵師たちが描いた絵画で、豪華絢爛に埋め尽くされていました。その内、戦災で焼失を免れた「帝鑑図」や「竹林豹虎図」、「松竹禽鳥図」、「風俗図」を始めとする障壁画(襖絵、障子絵)をはじめ天井画など1047面は、現在、重要文化財に指定されています。この名古屋城の絵画を一手に引き受けた狩野派は、先の桃山時代には織田信長や豊臣秀吉に仕えて安土城や聚楽第などの障壁画を制作した天才画家、狩野永徳がよく知られています。名古屋城内の絵画を担当した狩野派の一人、狩野探幽は、その狩野永徳の次男狩野孝信の長男で、江戸幕府の御用絵師として、障壁画を始め水墨画、絵巻、歌仙絵などを描いて傑出した手腕を発揮し、江戸時代の狩野派の地位を築いた画家です。

 
茶の湯は、前述したように戦国武将の間で流行し始めました。江戸時代に入ると武家の公式行事にも取り入れられ、名古屋城二ノ丸御殿にも茶室がありました。そのため大名家では行事に備え、かつて豊臣秀吉らが「名物」として高く評価した茶の湯の道具を取り揃えることに力を注ぎました。例えば、「古瀬戸肩衝茶入 銘 横田」(徳川美術館蔵)は、足利義政、足利義昭、織田信長、豊臣秀吉へと伝わり、秀吉はこれを家康に贈ることで戦いの和議を成立させたという代物です。この「古瀬戸肩衝茶入」は徳川家康の手を経て、尾張徳川家に伝来しました。家康を通じて尾張家に伝わった名品は他にも数多くあります。中国・南宋〜元時代に作られた「唐物茶壺 銘 松花」(徳川美術館蔵)は、織田信長が安土城を完成した時に祝いの席に飾られ、豊臣秀吉の時代にも書院の飾り道具として用いられました。秀吉は中国から舶来した唐物の茶壺を、唐物茶入と共に、茶道具のなかで格別に扱い、後に村田珠光、織田信長、織田信忠、豊臣秀吉、豊臣秀次、徳川家康、そして尾張家初代徳川義直へと伝来したことが記録に残っています。

このように茶の湯の道具は茶碗だけでなく、茶入、茶杓、棗、茶壺、水差しのほか、床の間に掛ける掛軸、花入など多岐にわたります。千利休が広めた「侘び茶」では、高麗茶碗を代表する粉青沙器の三島茶碗など、朝鮮王朝時代初期に焼かれた象嵌青磁が愛用されました。しかし、大名の好んだ茶の湯では、唐物の絵画や天目、金属の花入など、華美で絢爛な舶来ものが多く含まれ、とりわけ中国の禅僧が喫茶の習慣と共に伝来させたという天目は、茶碗の中でも最も格が高く、釉が変化に富む曜変(油滴)天目は珍重されました。

また茶の湯の空間だけでなく、大名の公式行事を行う広間には、床の間や違い棚など、様々な道具を飾る空間が設けられ、中国から舶来した唐物である書画、香炉、香合、天目、茶入、文房具の品々が飾り付けられました。徳川義直が所持した「青磁香炉 銘 千鳥」(中国・南宋時代、徳川美術館)も、千利休の師である武野紹鴎、豊臣秀吉、徳川家康という由緒ある伝来を持つ名品として知られています。茶道具は現代でも愛好家が多く茶道具の買取市場は毎回活況です。名古屋を中心とした東海地方ではまだまだ旧家に骨董的価値のある茶道具が眠っている可能性も高く岐阜、名古屋で茶道具買取のお声がかかるのをお待ちしております。

名古屋では江戸時代中期以降になると、名古屋城に見られる狩野派の絵画活動のほか、南画や浮世絵、復古大和絵など幅広い画派が活躍するようになりました。何より名古屋城下の文化活動には、神谷天遊という豪商のパトロンが大きく寄与していました。日本だけでなく中国・明清時代の古書画も豊富に収集し、優れた鑑識眼の持ち主でもあった神谷天遊は、丹羽嘉言をはじめ、山本梅逸や中村竹洞といった尾張南画の代表画家にも作画の方向性を示し、尾張画壇を盛り上げました。神谷天遊は他にも山川墨湖、西村清狂、浅井図南、雲臥元淳、近藤九渓ら数多くの文化人に書画研究会の場を提供し、そこから名古屋の文化が成熟していきました。名古屋城下における文人的な文化の開花は、鳴海にまで波及し、書画や和歌・俳諧を嗜む素封家千代倉の下郷学海も、尾張の南画家や学者ら文化人達に一躍名を馳せました。下郷学海は池大雅と与謝蕪村に「十便十宜図」を依頼したことでも有名であるように、彼の文化的な影響力の大きさも物語っています。

「百花百草図屏風」(徳川美術館)や「日月図屏風」(名古屋市博物館)で知られる田中訥言は、平安時代以来のやまと絵の古典を復興させた「復古やまと絵派」の祖となりました。京都の茶会では四条派の絵画が好まれた一方、名古屋の茶会の寄付掛には、復古やまと絵画家の絵が好まれ、特に田中訥言の掛軸は広く親しまれたようです。訥言は、浮田一惠や渡辺清といった画家も育て、訥言の始めた復古やまと絵の系譜は明治時代以降の近代日本画の礎ともなりました。
また、名古屋で浮世絵を興したのは、喜多川歌麿や葛飾北斎にも師事したという尾張藩士の牧墨僊で、のちに牧墨僊は名古屋永楽堂に葛飾北斎『北斎漫画』の刊行を紹介するといった文化活動も行ないました。森玉僊(やまと絵師としては森高雅)は、尾張町狩野の吉川一渓に狩野派の画風を、中村竹洞に南画、牧墨僊に浮世絵や美人画を学び、『狂歌弄花集』など尾張の出版物に挿絵等を描きました。肉筆美人画が得意な一方、藩主徳川斉朝の命により、「名古屋東照宮祭礼図巻」等も描き、好評を得ました。
 東海地方で、写実性を活かした叙情的な四条派の系譜に連なる画家としては、熱田の富豪鈴木家の生まれである立松義寅、知多郡半田生まれの小栗伯圭、『銅版三河国全図』を著した小田切春陵、尾張の名所画を描いた小栗晩翠など、多数が挙げられます。また文人画家の渡辺華山は三河国田原藩出身で、白川芝山や金子金陵、谷文晁らに絵を学び、さらに蘭学を学ぶなかで写生の精神や西洋画の遠近法を身につけ、「市河米庵像」(京都国立博物館、重要文化財)や「鷹見泉石像」(東京国立博物館、国宝)など、肖像画にも画力を発揮しました。

現代においても東海地方出身の作家は数多く、岐阜出身の者では絵画で言えば代表的な作家だけでも、山本芳翠が恵那市出身、大橋翠石が大垣市出身、熊谷守一と前田青邨は中津川市出身、川崎小虎は高山市出身、加藤栄三と加藤東一は岐阜市出身、守屋多々志が大垣市出身です。

また書家で言えば、新井清泉が土岐市出身として知られ、その他、杉浦誠司、丹羽海鶴、日比野五鳳、田中東雨、神山鳳陽らが東海地方の出身で知られています。

陶芸家においても荒川豊蔵や加藤卓男が多治見市出身であり、その他工芸家や建築家なども含めると東海地方出身の芸術家は非常に多く、ファッションデザイナーの山本寛斎や日比野克彦が岐阜市出身です。
かの時代からの流れを受け継ぎ芸術分野において才能あふれる人間が誕生する土壌があったのではないかと思われます。

さらに愛知県出身者で言えばさらに増え、近代日本画を代表する川合玉堂、女性の地位向上にも努めた洋画家三岸節子が挙げられます。また、世界的に有名な画家で建築家でもある荒川修作は、コーデノロジストとして数々の賞を受賞し、ニューヨークを拠点に活躍しました。河原温は刈谷市の出身で、同じくニューヨークを拠点する、コンセプチュアル・アートの作家として、世界的に最も知られている日本人芸術家です。

その他にも東海地方には写真家の浅井慎平や著名な書家、陶芸家、工芸家など多数のアーティストが誕生し、活躍しています。現代に伝わる芸能家としては能楽や歌舞伎役者など、信長時代に全国より集められた才ある者たちの末裔ではないかと思われるラインナップです。

そんな東海地方で骨董品の売却をお考えなら是非一度当店にご相談ください。現在マルカ(MARUKA)では名古屋での骨董品買取、愛知での骨董品買取、岐阜での骨董品買取りを徹底強化中です。
経験豊富な鑑定士がその作品の背景、歴史まで考慮し現在の価値を正しく鑑定して高額査定をお約束します。
出張での買取にももちろん対応しておりますし、また今では写真を撮って送るだけのメール査定やLINE査定が便利です。正確な価値は実物を見ないと判断が難しいところですが例えば大掃除の際に「捨てていいのか」「売れるのか」などを判断するのには大変便利なシステムです。是非メール査定、LINEで査定をご利用ください。
岐阜県の骨董品買取事情としてはまずまずの骨董品、古美術品買取のお店があります。しかしこういった骨董品の査定・鑑定は一軒のお店だけではなかなか正しい価格はわかりません。ですので骨董品買取の場合は複数の業者の見積もりを取るのは普通の事です。そして岐阜県で骨董品買取をうたっているところも実際は名古屋市内などから出張にて来るところがほとんどとなりますのでそんな時は是非MARUKAにも一声おかけください。「買取価格にもセカンドオピニオンが必要です」一軒の業者からの見積もりでは納得がいかない場合、たとえ京都から名古屋といえど全国展開し、東海地方にも多数出張買取の実績のあるマルカ(MARUKA)へご相談ください。

私たちは京都で昭和28年から営業する老舗質屋を母体としています。もとより名古屋方面、岐阜、滋賀、奈良などに出張にて買取に来ていましたので東海地方との使いも古い物になります。骨董品というのはまずその品自体の見極めも大切ですがもっとも重要なのは「どの骨董品市場に出すか」です。定価のない骨董品は買い手のセリによって値段が決まります。ですのでバイヤーがたくさん集まる大手の骨董品市場に出入りできないとせっかく買取をした骨董品も高く売れません。高く売れないという事はすなわち高く買取る事ができないということなのでまずはどういった骨董品市場と付き合いがあるかが重要です。
もちろん岐阜や名古屋にもよい骨董品市場はありますが、MARUKAでは日本一の骨董品取り扱い量と言われる京都北部の老舗道具市場と取引をしています。
ここにはまさに京都だけではなく近畿一円どころか関東からも荷物が集まりまさに日本一の名に恥じない物量の骨董品、美術品が取引されています。
また名古屋にも古くから美術品・骨董品を買取されている業者さんも多いですが、全国的に手を広げて今でも数多くの骨董品を扱っている老舗は少なくなりました。これは美術品や骨董品の買取をするのに「鑑定眼」が必要なのですがこれがなかなか大変でいくらインターネットが発達しても実物を手に取り、目にしてしか修行が出来ずまた覚える知識の量は膨大でなかなか修行が続かないのが実情です。そういったこともあり現在では質屋からブランドショップへ変わっていくお店が多い中昔ながらの骨董品、美術品を扱うお店がすっかり減ってしまいました。しかしMARUKAなら名古屋を中心とした愛知県全域、岐阜県全域への出張買取が可能ですので是非名古屋、岐阜にお住いの方で骨董品買取をお考えならご一報ください。

名古屋までは京都から1時間半、愛知全般と岐阜県も含めるとマルカ(MARUKA)からなら通常の買取りルートです。昨今は新名神が開通したこともあり名古屋方面の骨董買取にお声をかけていただく機会も増えました。マルカ(MARUKA)は京都で60年以上続く質屋ですから元々骨董や軸、絵画などの美術品買取、甲冑や日本刀買取りなども得意中の得意であり、それは広い販路、老舗の大きな骨董市場への出品など多岐に渡ってプラスとなり、だからこそまたマルカ(MARUKA)に多数の骨董品が集まってくるのです。
また骨董は意外と嵩張ったり、移動により傷、損傷が気になるものです。ですのでこのMARUKAの出張買取は皆様に喜ばれ全国にファンも増え、去年福岡市中央区の天神地区の福岡天神店が出来るまでは京都からひと月に一回ぐらいのペースで福岡を中心に長崎や大分そして熊本までぐるっと九州を回る出張買取の旅にでていたほどです。是非皆様も査定無料、途中キャンセルも無料のマルカ(MARUKA)の出張買取をご利用ください。名古屋での骨董品買取り、岐阜での骨董品買取など「どこのい頼んでいいのか?」悩まれたことはありませんか?マルカ(MARUKA)にご連絡いただければお客様の都合のよい日時にご自宅に伺い査定させていただきます。そしてその場でもご納得いただければ現金にて買取をさせていただきますので是非ご利用ください。
尚、マルカ(MARUKA)の査定士は骨董はもちろんですが宝石買取りやブランド買取、時計買取にも強い査定士ですので骨董品と合わせてどんなものでも御見積させていただきますので是非ご利用ください。

MARUKAは現在京都に4店舗、創業の地西院の西大路七条にはMARUKA WATCHと七条通りに面して七条店があり、西院駅から四条通を東に進むと四条大宮駅そばに大宮店、堀川を抜け四条烏丸を超え大丸を超えた四条堺町に市場店が、そのまま寺町を通り新京極、河原町を経て木屋町、祇園に東山に至るまで多数のお客様に来ていただいております。また2016年10月には京都市内北部に北山店がオープン、今までなかなか南へ下るのが億劫であった左京区や上京区、北区の皆様方にご利用いただけるよう地下鉄松ヶ崎駅そばの北山通り沿いのきんこん館一階に北山店がオープンです。
福岡の博多にならぶ繁華街、天神地区にもMARUKAはあります。中州や博多からも多数来店する福岡天神店はアップルストア福岡の北隣のビルにありこちらも連日多数のお客様でにぎわっております。

骨董品買取実績一覧

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  • 絵画
  • 刀剣
  • 甲冑
  • 茶道具
  • 珊瑚
  • 掛軸
  • 翡翠
  • 中国骨董
  • 銀製骨董
  • 金製骨董

骨董品買取一覧

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※現在お問い合わせに関してはお客様センターで一括受付しております

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