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刀剣の買取

刀剣類、日本刀買取について

刀剣買取、日本刀買取をMARUKAにお任せください。買取をさせていただいたお客様の中でも父が亡くなり、実家の蔵や倉庫を整理していたら刀剣がでてきて初めて存在を知り、刀類の所有を認識する人が増えてきています。日本は、もともと明治の頃までは刀剣文化がありました。それが明治政府が発布した廃刀令によって刀剣の携帯が禁止となり、刀剣を「武器」として見る時代は終わりました。その後の刀剣は、完全に「美術品」として扱われることとなります。この意識の転換によって、武器の接収の範囲から美術品として扱う刀剣類は排除され、日本が誇る伝統として親しまれることになりました。父や祖父が美術品としてコレクションしていた刀剣類が、実家の蔵や倉庫から出てくるということは今でも充分に考えられ、実際のお客様でもおられます。そこで問題になるのが、その刀剣類をどのように扱うのかという処遇です。刀剣の品質を維持するためには、適切な管理状況で保管する必要があり、知識がないままに所有を続けていても刀剣の質を下げてしまうだけです。質が下がれば、当然価値も下がってしまいます。そうなる前に、適切な価値の判断ができるMARUKAに買取をお任せください。刀の銘柄や状態によっては、かなり驚くほどの買取金額になることもございます。査定は、出張買取での対応をさせていただきます。もちろん、お持込のご来店や、LINE査定もございますので、一度価値をお確かめください。また日本刀買取のみならず槍や火縄銃、鎧兜などのその他の刀剣類買取もサーベル等の西洋刀の買取もお任せ下さい。

日本刀の歴史

日本刀は、日本国内だけでなく海外からも高い評価を受けている日本を代表する美術品の一つです。その独特な形状が醸し出す優美な輝きと重厚な面持ちは、今も昔も多くの人を魅了し続けています。鞘や柄などに装飾を行い美を競った刀剣類は世界中にありますが刀身その物に美を求め追求した刃物は世界広しといえど日本刀だけです。
日本刀は寸法により、刀(打刀・太刀)、脇差、短刀と区分されます。
元々日本で刀剣類の生産が始まったのは古墳時代(3世紀中頃-7世紀頃)よりも前ですが、現在「日本刀」と呼ばれている湾刀(刃が反り返っている刀)が出現したのは、平安時代(794年-1185年)初期と言われています。武家が勢力を増してきた平安時代後期から、日本刀の生産はより活発になっていきます。
この時期の刀は騎馬戦を考慮した太刀が主流です。太刀とは、刃長が約60cm以上、太刀緒という鞘に装着する紐を用い、腰から下げて佩用するものを指します。代表作として、伯耆国・安綱の作品「童子切」が国宝に認定されています。
鎌倉時代(1185-1333年)に入ると、鎌倉幕府により武家政治体制が確立され、日本刀の需要も否応なしに増していきました。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて在位した後鳥羽天皇は、備前や備中から刀工を呼び寄せ、御番鍛冶として代わる代わる刀剣を作らせたと言います。
鎌倉時代中期には、より実用性に重きが置かれるようになりました。この頃の太刀の刃幅は広く、元幅から先幅までの差も減少し、刃肉がよく付いているのが特徴です。時を同じくして短刀の生産も盛んになっていきます。また鎌倉幕府は、より良い刀の制作法を追求すべく、日本各地から優れた刀鍛冶を招集してその研究に力を注ぎました。そして当時、刀の制作技術に長けていた大和・山城・備前・相模・美濃、5ヶ国の作刀技術を総称して「五箇伝」と呼ぶようになります。それぞれ刃文や地鉄に特徴があり、「美濃伝」や「山城伝」などと呼称されます。
鎌倉時代末期には、政治体制の崩壊や、文永の役(1274年)、弘安の役(1281年)という二度に渡る元寇(モンゴル帝国や高麗王国による日本侵攻)により日本刀の制作がより勢いを増していきます。この頃の刀は鎌倉時代中期のものと比較すると、より力強さを増した刃幅の広いものへと変貌を遂げています。
日本の刀剣界で最も高い名声を誇る名工、相州の岡崎五郎入道正宗は、ちょうどこの動乱の時代に活躍したと言われています。彼は質の違う地鉄を巧みに組み合わせ鍛えることにより、地刃中に沸(にえ)の美しさを最大限表現することが出来ました。その刃文には、沸裂(にえさけ)・金筋(きんすじ)・砂流(すながし)・地景(ちけい)・沸映り(にえうつり)・湯走り(ゆばしり)などと呼ばれる種類があり、彼の刀に見られる豪華絢爛な刃文は、その素晴らしさから「神業」と称されることも多く、後世に渡りその作風は他の刀鍛冶たちに絶大なる影響を与えました。
南北朝時代(1336-1392年)は室町時代に包括されることがほとんどですが、刀剣武具の歴史的観点からは別の時代として見られています。他の時代と異なり、この頃の刀剣は大太刀といった大きめのものが主流でした。大太刀とは、刃長が約90cm以上というかなり大振りのものを指します。基本的には騎馬戦で用いられ、馬の走る勢いに合わせて馬上から振り下ろす戦闘方法で使用されました。また、同時期の打刀には、大太刀を磨上げ(すりあげ)し、打刀へと作り変えられたものが多く存在しています。

室町時代(1336-1573年、ここでは南北朝時代と戦国時代の間)には、将軍・足利義教が暗殺された嘉吉の乱(1441年)をきっかけに室内戦闘用の短刀が求められたため、脇差の生産が盛んとなりました。ここで初めて打刀・脇差の「二本差し」スタイルが確立されます。打刀と脇差の長短バランスが非常に格好良く、多くの武士の主流スタイルとなっていきます。暫く安定した時代が続くと、日本刀は戦闘用に留まらず、明への貿易品として重宝されるようになりました。
戦国時代(1467年もしくは1493年-1590年)には、約60cmほどの片手打ちの刀が多く出回っていましたが、鉄砲の伝来による影響を受け、刀剣も長時間の戦闘に耐えられるよう、大振りで頑丈なものへと変化していきました。 江戸時代(1603-1868年)中ごろまで繁栄を見せた刀剣は、幕末に掛けて徐々に需要が縮小していきます。それと反比例するかのように刀装具が発達し、鍔(つば)・目貫(めぬき)などの装飾品で刀が装飾されるようになっていきました。
明治時代(1868-1912年)に発布された廃刀令(1876年)を境に、日本刀は急速に衰退していきます。また、多くの名刀が国外に流出してしまいました。

現在では銃刀法により所持の制限は有りますが、観賞用として所有することについて許可を得る必要はありません。この素晴らしい日本の芸術品は、日本文化を象徴する代名詞として、日に日に存在感を増しています。

MARUKAでは日本刀に関して専門の査定士を置き皆様の大事な刀剣類を扱わせていただいております。日本刀はまさに千差万別、銘が入っていても模倣品(弟子達が師匠の作品になぞらえて作った作品)であったり、また模倣品でものちにその作者が有名になることで価値が出た物など非常に鑑定は難しく、深い造詣と知識を要します。
一見はでなブランドショップに見える当MARUKAですが、母体は京都で60年以上続く質屋でございます。骨董や茶道具、刀剣類には専門の査定士がおりまた彼が出張買取も担当いたしますので是非一度MARUKAへお問い合わせください。
持ち歩きに不安があったり、遠方の方にはLINE査定もありますのでお問い合わせいただければ登録証の有無やどの部分のアップの写真を、などとやり取りさせていただきながら具体的な査定金額をお知らせすることができますので是非ご利用ください。
京都に5店舗、東京銀座にも東京銀座店を持つ我がMARUKA、是非ご利用ください。
日本刀買取や刀剣類買取には特殊な知識が必要です。またお客様所有の刀剣には地元教育委員会への登録証なども必要ですが、蔵から出て来た、というような古い物の場合そういった登録をしていないか、もしくは登録証を紛失している場合もあります。私達MARUKAの査定士は刀剣類の買い取り経験が豊富ですので、そういった登録に関するご相談にものらせてもらいますので是非お気軽にお声をかけてください。

MARUKAの出張買取

尚、2015年には東銀座から現在の晴海通りの銀座5丁目のマツモトキヨシ銀座5THビルの6階に移転。内装は夜の銀座をイメージした本物の御影石を使った廊下に竹葺きの壁、本物の瓦を使った屋根などビルのなかとは思えない内装が話題を呼んでいます。そして2016年3月には新宿、池袋方面のお客様の為に渋谷店が渋谷駅から1分と言う好立地にオープンしましたので是非ご利用ください。意外と銀座という街でも骨董品買取り、日本刀買取をさせて頂く事が御座います。街として歴史ある上品な紳士淑女の集まる街ということもあると思います。
もちろん本拠地である京都では多数の日本刀買取をさせていております。歴史ある街京都だけに多数の歴史的価値のある日本刀から北の舞鶴が軍港であり、また引き上げ船の到着地であったこともあり軍刀やサーベル類が残っていた場合もございます。マルカ(MARUKA)は初代が60年前に滋賀県の近江から京都へ出てきて開業しました。現在もMARUKA WATCHと本社の七条店がある西七条、西大路七条は西院や西京極からも近くまた西院からであれば四条通をそのまま東へ向かい丹波口を越えて四条大宮の大きな交差点の手前に大宮店がございます。そのまま堀川を過ぎて四条烏丸を越え、大丸から1分で堺町通りを越えた北側に四条店があり、寺町や新京極、河原町や木屋町、祇園からも多数のお客様がご来店なさいます。
そして福岡ではファッションタウンでありお買い物の街でもある天神地区にてアップルストア福岡のすぐ近くに福岡天神店がありそのいずれでも日本刀買取、甲冑買取をおこなっています。代々うけついでいる美術品としても一級品の日本刀買取から所持許可証の有無もわからない刀剣類買取まで昭和28年創業の老舗質屋が母体であるマルカ(MARUKA)へお任せください。
また私達マルカ(MARUKA)は出張買取にも力をいれております。日本刀や槍など刀剣類を持ってウロウロとされるのは不安、という方の為に骨董や刀剣の専門の査定士がご自宅までお邪魔して査定、買取りをさせていただく出張買取を是非ご利用ください。京都を中心に近畿一円、北は舞鶴から南は先週岸和田泉佐野、東は奈良名古屋岐阜滋賀まで、そして姫路から宝塚、芦屋に神戸三宮に西宮と全てをカバーしております。もちろん東京でも高級住宅街である田園調布や白金台、歴史ある街並みの目黒や逆に最先端の渋谷地区の青山や麻布、六本木などへもお伺いいたしますので是非一度お電話をいただけますようよろしくお願いいたします。
私共は京都で昭和28年から続く質屋が母体です。ですのでそのへんのブランドショップや金・プラチナの買取屋さんでは扱えない骨董買取やこういった刀剣・日本刀買取。さらに甲冑買取などは是非私共にお任せください。長い修行と実績、データの蓄積や特殊な販路が必要という事であれば他には宝石類の買取も特殊な扱いになります。ですので繁華街で派手な店づくりのブランドショップでは宝石や骨董を扱わない(もしくは扱えないので値段をつけないか非常に安い価格を提示する)事が多いですが歴史と実績が物語るマルカ(MARUKA)ではあらゆるものを取り扱う事ができます。
特に専門的な知識が必要で鑑定眼がいる日本刀買取に関してはマルカ(MARUKA)へお任せください。

※2016年10月には待望の京都市内北部、北山通り沿い。地下鉄烏丸線松ヶ崎駅近くのきんこん館に北山店がオープンいたします。
宝が池や一乗寺方面からもアクセスがよく京都市左京区や北区、上京区からのお客様もご利用していただきやすくなりました。ブランド品買取やダイヤモンド、エメラルドやルビー、サファイア買取などと合わせて美術品や骨董品、日本刀買取なども他の店舗同様お任せください。

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